堂々と茨城

議員会館は各地から選出された議員の事務所が並んでいるわけですが、それぞれ各地の名産物や祭り・名所のポスターが部屋に貼られています。ドアを開けると県のマスコットぬいぐるみが鎮座していたり。

秘書某も茨城県に親しみと茨城PRの使命感(←勝手に背負ってます)を抱くようになりました。
茨城って全然悪くない。どう感じるも結局、自分次第。何だってそう。相手は変わらない。焦点あてるなら、いっそ自分が喜べることをいつだって見つければ良い。それを考えれば良い。そしたら見えている世界が変わる(ええ、本当に)。緑は多い、湖もある、筑波山登れば関東平野一望(スカイツリーも富士山も見える)、祭りは燃えるし(EU駐日参事官も感動)、花火大会全国レベル、実は蕎麦がうまい。のんびりしてるように聞こえるのは茨城弁の響き。納豆大好き。レンコン畑の蓮の花は本当に美しい(見たことありますか?)自転車道でガチ36キロ遠くまで行ける。帆引き船が世界湖沼会議も惹きつける。宇宙開発は拠点もあるし、県も開発支援してる。ぇい!

さて、10/6-7はスカイツリーの足元で北関東フェアが、10/14は石岡へそまつりが開催されます。



  

10月になりました

某業界紙のインタビュー記事です。今年5/28に議員会館の青山事務所で行ったインタビューが先日発刊されました。青山も田村さんも過密スケジュールの中、時間をセッティングして取材に臨みました。



10月になり、秋の臨時国会がいつから始まるのか、ちらちらと議員会館の界隈では噂しています。要人の日程等を総合勘案し、だいたいこの辺りではないか云々。
議員会館前を流して走る街宣車が、警察のバリケードで方向転換、稀にそういう光景が見える日常です。議員会館は通りに面しているので、色々見えます。



  

戦没者追悼式にて

先週末、平成30年度土浦市戦没者追悼式で追悼の言葉を述べさせて頂きました。茨城県議会議員時代以来なので、4年ぶりでした。



「追悼の辞」の原稿を作成する過程で先の大戦について、色々な考えを巡らせます。戦中、警察官僚として樺太へ赴任し、シベリアへ抑留された祖父のことを思い出します。約10年の極寒地での抑留の後、ようやく帰還した祖父が、戦後日本のめまぐるしい変化と、日本を離れたという意味で空白の10年を過ごした自身との間に、強い戸惑いをおぼえたであろうことは想像に難くありません。

社会は、人の価値観は変化するもので、後世から見れば解決がたやすいこと、視点が変わることで見えてくるものも多くあろうと思います。一個人の人生においてもそうです。何を思うかは自分の意思で取捨選択できる以上、より良い方向への道、足掛かりを探し続けようと思うのです。そうすることが、望ましい未来をつないでいくことになると思います。
今こうしている間にも、時は圧倒的な流れで私たちを押し流していきます。

年々、ご参加されるご遺族の方も減ってきていますが、政治家として戦没者追悼式で追悼の言葉を述べさせて頂くのは深く考えさせられ、非常に大切な機会であります。
  

フィリピン次席大使とランチミーティング

青山が、超党派の日本フィリピン友好議員連盟の事務局次長、党の国際局副局長を務めているご縁で、フィリピン共和国大使館メネズ次席大使をはじめ大使館の皆さまと、国会事務所にてランチミーティングを行いました。

土浦出身の大関である高安関のお母様はフィリピン人、茨城県南地域は多くのフィリピンの方が住んでおります。経済はもちろん安全保障の面からも日本とフィリピンの連携はより重要になってきます。
茨城県は、フィリピン人コミュニティの人数規模は日本国内第3位だとのことでした。
次席大使もJAXA視察につくばを訪れたこともあり、茨城県に対しても非常に関心を持っていました。私からは茨城空港からフィリピン直行便就航へ航空会社に対しての働きかけを要望致しました。

フィリピン共和国マリキナ市と姉妹都市を結んでいる境町の特産品さしま茶と常陸国総社宮の御朱印帳をプレゼントしました。





  

常陸国総社宮例大祭(石岡のお祭り)が熱い

常陸国総社宮例大祭(石岡のお祭り)が先週末(9/15-17)開催されました。EU(欧州連合)大使館の方をお招きし、奉納相撲から獅子舞パレードまで、石岡のお祭りをPR。石岡の歴史と伝統を世界に発信です。

EU大使館の方からは、「山車、石岡の方のお祭りにかけるご尽力と熱狂的な様子に感激した。私の日本滞在中で、まちがいなくハイライトとなる思い出です」との感想を頂きました。石岡の皆様へこの声届けたいです。これからも地元文化を大切に、そして積極的に発信していきたいです。





  

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プロフィール
青山大人

【略歴】


  • 1979年1月茨城県土浦市生まれ

  • 荒川沖小学校、土浦第三中学校(陸上部主将)、県立土浦第一高校卒業(平9/第49回卒)

  • 慶應義塾大学経済学部卒業

  • 2006年27歳で茨城県議会議員初当選(10,905票、当時全国最年少の都道府県議会議員)

  • 2010年、茨城県議会議員2期目当選(13,290票・31歳)

  • 2014年、第47回衆議院議員総選挙において85,120票を獲得するが茨城県第6区、比例北関東ブロックともに次点

  • 2017年、第48回衆議院議員総選挙において96,987票を獲得するも茨城県第6区で次点、しかし比例北関東ブロックで当選

  • 第21回日米青年政治指導者交流プログラム日本代表

  • 土浦消防団第27分団員(平成20・21・23・25年度操法大会出場)


  • 【座右の銘】


    • 人事を尽くして天命を待つ

    【愛読書】


    • 吉川英治
      「三国志」

    • 司馬遼太郎
      「坂の上の雲」